天窓から、細い月が見える。太陽の光を反射して輝くという月は白く儚くけれど鋭い。
眠れない夜。旅の空。時間を刻むのは僕の懐中時計ではなく、宿の置き時計。
明朝、僕はこの街を離れる。
駆け出しの歴史学者の僕がこの街に来たのは、史料と史跡の調査が目的だった。大概の目的を果たし、大学が始まる頃には戻らないといけなかった。
枕元の机の愛読書の上には、淡く白く、仄かに虹色が見える石の付いたネックレス。
その、元の持ち主。忘れられない女性(ひと)に出会った。
儚げなのに芯の強いひと。
この街の有力者の後妻になることが決まっていた。決められた婚姻のようにしか思えなかったが、彼女自らの意思で決めたという。
婚礼の日はもうすぐらしかった。
昨夜、僕は彼女と二人で夜明けまで過ごした。
僕が大学のある街へ帰ったら、おそらくはもう二度と逢えなくなる。その最後の思い出に、二人で過ごしたかった。
暗い室に浮かぶ、華奢な背中。僕の首に絡む細い腕。頬に触れた絹のような髪。細い月を見ると、この身に触れた温もりが蘇るようだった。
貴方と共にいることは叶わない。でも、忘れたくない。と言って託されたのが、あのネックレスだった。月長石。子供の頃からお守りのように持っていた、大切なものという。
僕は彼女に懐中時計を渡した。この先、逢えなくてもどうか僕のことを思い出して欲しい、と。
「立派な学者になってください」別れ際、口吻の後、彼女はそう言った。
「奥様。どうかされましたか」
「あ…いいえ。何でもありません」
掌のうちに隠した懐中時計。胸に当てると鼓動と連動するように、時を刻む。秘めごとの証。
―貴方の夢が叶うよう、祈っています。
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