こぎん刺しのテディベア作家 kogin*bear style こひろ

コレクションしたくなる、大人のための心のともだち。青森県津軽地域の こぎん刺しを使ったテディベア作家のブログ。販売先・イベント出展情報・問合せ先は各ブログ記事末尾をご覧ください。

私がこぎんを刺すこと、について(民藝とのつながりから)

おはようございます。
長文です。

前回の記事で、民藝についての本を読んでいます、ということを書きました。


私がこぎん刺しを始めたのは、ベア作りをしていて、なんかオリジナルというか、
変わった要素、自分ならではの要素が欲しいなぁと思ったのが始まりです。
青森に住んでいたので、じゃ、こぎん刺しをベアに入れてみよう、というのがきっかけでした。

そこから、こぎんって面白いなぁと思って、あんなのやこんなのを作ったら楽しいかなと
いろいろ作り出して今に至る状況です。
で、最近、ふと、これからの活動を考えたときに、そもそもこぎんって、どういう位置づけがされるんだろう?
という、疑問がわきました。

自分なりに、これだ、という位置づけを見出したくてアンティークやデザイン、外国の雑貨の本を読んだりしました。
その流れの中で、こぎんは大正年間の民藝運動のなかで発見、紹介された、という話を聞いたことがあり、
じゃあ、その関連の本を読んでみようと思ったのです。


中でも、『サヨナラ、民芸。こんにちは、民藝。』(里文出版、2011年)という本。
いろいろ考えさせられました。

民藝とは、普通の人が無心に作るから尊い。「作家」として活動することは、当時は歓迎されていなかった
(というかしてはいけないことだった)。
今もその流れはあるようで、若い人はその土地で作っていてちょっとできるようになるとと東京に行って作家活動をするようになるから、若い人へは技術の継承をしたくない、と考える方もいらっしゃるとか。
また、ちょっと「民芸風」のお洒落な雑貨を集めて、「これが民藝」と思うことで、脈々と伝わってきた伝統が危機にさらされている、とか。
(以上は個人的に読んで感じたことです。表面的であったり逆に穿ちすぎな部分もあるかもしれません)

読んでいて、うーん、と考えてしまいました。
私のやっている活動はこれでいいのかなと。

こぎん刺しが労働着の補強として行われてきた時代と比べると、現代は、生活環境が大きく変化しています。
麻の着物を着ることもなかなかありません(着たら着たで楽しそうですが)。
この状況をこのまま受け止めると、こぎんは消えていくものになってしまいます。
ですが、せっかくあれだけのものが残っていたのに、消えてしまっていいのかなぁと…。
それなら、小物や袋物に刺して、こんなものがあったんだ! と残していくのも良いのではないかなと。

また、古いこぎんを見ていると、刺していた女性は皆「アーティスト」ではないかと思ってしまいます。
もちろん当時そんな概念はないでしょうし、されていた方は皆、創作という意識は薄かったかと思います。
でも、画像もない時代に、伝統模様を応用して新たな模様をつくりだし、その着物を着ることで人に見せ、さらに人の刺繍を目で覚えて取り込む。
これは単なる着物の補強という「労働」にとどまらない、創作活動の一つだと思います。

そして、「私のこの模様、お洒落でしょ」「あの娘、次はどんなの作るかしら。負けないわ」というような、自然な感情はあったのではないでしょうか。
そうでなければ、あれだけ多様化して発展するとは思えません。
創造、創作とは、人間に備わった自然な行動なのではないかなと思います(まず「作ること」があり、名称や肩書はあとで発生する)。

仕上がりをイメージしつつ、単調に刺して作る。
そのことでふと、こぎん刺しを代々続けてきた女性たちと、生活環境の違いを超えた共通する思いを感じることがあります。

自分のしていること、これからしたいこと。
まだ、漠然としているけれど、自分がこんなのあったらいい、こういうの絶対お洒落! と思うものを作って、実際に日常の中で使って、少しずつ輪を広げて。
こぎんをされている方たちと、お互い刺激を受けながら、続けていきたい、と思います。